リモコン片手の感想帖 第十七幕『プロジェクト・ヘイル・メアリー』を観て──岩の友だちと、帰り道のない航海

暗い宇宙船の窓辺に置かれた白い飲み物のグラスと、床に転がる小さな岩 リモコン片手の感想帖

はじめに

※本記事には映画『プロジェクト・ヘイル・メアリー(Project Hail Mary)』の
 ネタバレを含む感想と考察が含まれています。
 まだご覧になっていない方は、ぜひ映画を観たあとに戻ってきてください。

※ちなみに今回も、例によって豆乳にディサローノをステアしたものを飲みながら
 鑑賞していたため、記憶の曖昧な部分や感情的な解釈があるかもしれません。あしからず。

甘い杏仁のような香りが豆乳で丸くなって、口当たりがやたらとよかった。
よかったのですが、飲みやすいということは、つまり減るのが早いということでもあります。
気づけばグラスが空で、画面の中では人類が滅びかけていました。


作品について

原作はアンディ・ウィアーの同名小説です。
『オデッセイ』で火星にひとり置き去りにされた人を書いた、あの作者です。
今度は火星どころではなく、11.9光年先まで行きます。スケールの伸ばし方が雑で好きです。

監督はフィル・ロードとクリストファー・ミラー。
主演はライアン・ゴズリング。上映時間は156分あります。
長い。長いのですが、宇宙みたいに話が千変万化するので、体感はもっと短いです。
途中で一度も「あと何分だろう」と思わなかった映画は、私にはそう多くありません。

あらすじ

太陽のエネルギーが少しずつ奪われていく異常が起き、地球は寒冷化して滅びに向かっています。
原因を調べるため、11.9光年先の恒星へ向かう船が仕立てられ、
科学教師のライランド・グレースがその乗組員のひとりになります。

そして彼は、たどり着いた先で、地球外生命体と出会うことになります。

太陽が「弱っていく」という滅び方は、あまり見なかった

滅びの型には流行りがあります。
どこか遠い惑星に特効薬を取りに行く話、太陽が暴走して膨れ上がる話、
そういうものはわりと観てきました。派手だからだと思います。

でも「太陽が弱る」は、あまり記憶にありません。
爆発するのではなく、静かに出力が落ちていく。
気づいたときには手遅れになっている種類の滅び方です。

これが、地味なのにいちばん怖い。
何かが襲ってくるわけではないので、逃げる先がない。
悪役がいない滅亡というのは、こんなに手ざわりが悪いものかと思いました。

帰ってくる予定のない出張、あるいは体のいい自殺

そしてこの計画、片道切符です。

行きの燃料はある。帰りの燃料はない。
つまり、乗るということは、そこで死ぬということです。
人類を救うための任務が、同時に、その人にとっては自殺と変わらない。

グレースは英雄になりたくて手を挙げた人ではありません。
そこがいい、というと言い方が悪いのですが、
「行きたくて行ったわけではない人が、行った先でちゃんとやる」という話に、
私はどうも弱いのだと思います。

二人とも、仲間を失って、ひとりになった

ここがこの映画の背骨だと、私は思いました。

グレースには仲間がいました。でも、生き残ったのは彼だけでした。
そして11.9光年離れた場所で出会ったロッキーもまた、
同じように仲間を全員失って、たったひとりで任務を続けていた。

種族が違う。体の作りが違う。呼吸している空気すら違う。
それなのに、置かれている状況の形だけが、寸分たがわず同じでした。

こんな広い宇宙で、同じ形の喪失をした者同士がぶつかる確率を考えると、
これはもう偶然と呼ぶには無理があります。
運命という言葉は少し気恥ずかしいのですが、ほかに当てはまる言葉を私は知りません。

岩と会話が成立してしまう時代に、私たちはいる

二人の会話は、その場で組み上げた翻訳システムを介して行われます。
音を拾って、対応づけて、少しずつ言葉を増やしていく。
このやりとりが、めちゃくちゃ面白い。

面白いと同時に、妙な既視感がありました。

だって、いま現実に、画面に向かって喋っている人がたくさんいるわけです。
私も、この記事を書くのに使っているものと会話しています。
相手が人間ではないと分かっていて、それでも会話が成立してしまう。
その状態に、私たちはもうすっかり慣れてしまいました。

数年前にこの場面を観ていたら、
「未来の技術だなあ」と他人事で眺めていたと思います。
いまは違う。時代のほうが映画に追いついてきた感じがあって、
これは今このタイミングで観られてよかった作品だな、と思いました。

岩なのに、なんで人間みがあるんだ

ロッキーが自分の宇宙服を破ってグレースを助けにいく場面。

ここで私は、完全に持っていかれました。
持っていかれてから、我に返って、少し困りました。
だって岩です。相手は岩の形をした宇宙人で、顔もなければ表情もありません。

なのに、なぜこんなに人間みがあるんだろう。

たぶん、というのはあくまで私の想像ですが、
ロッキーは自分の仲間を宇宙で失っています。
だから「これ以上、友達を死なせるわけにはいかない」という気持ちが、
考えるより先に体を動かしたのではないかと思いました。

言葉が通じるようになったから友達になった、のではなくて、
先に友達になっていたから、言葉が通じたのかもしれません。
順番はどちらでもいいのですが、
そのあとロッキーがちゃんと回復してくれて、私は本当に安心しました。
岩の心配で胸が痛くなる日が来るとは思っていませんでした。

帰るか、助けるか。そして、理科の先生になった

終盤、グレースは選ばされます。
地球へ帰るのか、それとも、まだ助けられるかもしれない友を助けにいくのか。

そしてラスト。
グレースはエリディアンの子どもたちに科学を教えています。

この場面の安心感が、私はとても好きでした。
派手な帰還でも、英雄の凱旋でもない。
ただ、教師だった人が、また教師をしている。それだけです。

それぞれが自分の選択をして、それぞれが差し出すものを差し出した。
その結果として、二人とも後悔のない日々に戻れている。
自己犠牲の話なのに、読後感がまったく湿っていないのは、
たぶんこの着地の仕方のせいだと思います。

おわりに

深い考察ができるほど科学に明るくはありません。
でも、岩の友だちの心配で二時間半を過ごすくらいには、この映画にやられました。

飲み終わったグラスを片づけながら、少しだけ考えました。
私の航海は、こんなに遠くへは行きません。
明日も同じ時間に起きて、同じ道を歩いて、同じ仕事をするだけです。

それでも、いつか振り返ったときに、
私の宇宙の航海にも後悔がないことを祈ります。

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