※本記事は、筆者が公開情報をもとに個人的に調べ・考えた内容を含みます。 専門的・学術的な断定を目的としたものではありません。
今日は、ふと思い出したイタリア旅行のことを考えていた。 美術館を巡り歩いた記憶は断片的で、 それでも、いくつかの場面だけは妙に残っている。

『受胎告知(Annunciazione)』(1472–1475年頃)
所蔵:ウフィツィ美術館/出典:Wikimedia Commons(Public Domain)
フィレンツェ、ウフィツィ美術館の記憶
フィレンツェのウフィツィ美術館。 当時はガイドの方が同行していたが、 正直なところ、説明はあまり聞いていなかった。
美術館は混み合っていたかというと、そうでもない。 人気の作品の前には人はいたが、 全く見えないというほどではなかった。
その中で印象に残っているのが、 レオナルド・ダ・ヴィンチの 《受胎告知》だった。
作品について(基本情報)
この作品は、レオナルド・ダ・ヴィンチ (Leonardo da Vinci, 1452–1519)による 《受胎告知(Annunciazione)》。
- 制作年:1472–1475年頃
- 時代:初期ルネサンス
- 様式:ルネサンス絵画
- 所蔵:ウフィツィ美術館(フィレンツェ)
レオナルドの若い頃の作品で、 後年の完成された作風とは少し異なるが、 すでに観察力や空間把握の鋭さが見て取れるとされている。
当時、気になったこと
ガイドさんが言っていたのかもしれないが、 当時はよく覚えていない。 ただ一つ、強く残っている感覚がある。
マリアの前に置かれたテーブルが、 異様に大理石っぽく、白さが際立っていたことだ。 しかも、見る角度を変えると、 テーブルの側面の模様が、 こちらを追ってくるような気がした。
ただの絵なのに、妙な違和感があった。
線遠近法について(簡単に)
ルネサンス絵画では、 線遠近法が重要な技法として用いられる。 奥行きを、線の収束によって表現する方法だ。
建物やテーブル、床の線を、 一点、あるいは複数の消失点に向かって配置することで、 平面の中に立体的な空間が生まれる。
この《受胎告知》でも、 テーブルや建築的な要素が、 見る者の視線を自然と導くように配置されている。 あの「追ってくる感じ」も、 その効果の一つなのかもしれない。
あとから気づいた違和感
改めて画像でこの絵を見てみると、 背景の地平線や木々の様子が、 どこかおかしいことに気づく。
遠くへ行くほど整っていくというより、 逆に、少しずつ現実感が薄れていく。 本物を前にしていたときは、 「絵がうまいな」くらいにしか思わなかった。
だが、画像で見ると、 この空間は少し信用ならない。
受胎告知という主題
百合を持つ天使。 これは、マリアの純潔を象徴するものだとされている。 多くの受胎告知の絵で、同じ構図が繰り返されている。
天使が現れ、 マリアは「あら、何かしら」という表情で受け止める。 どの作品も、基本的には似た場面だ。
だが考えてみると、 マリアがどのようにして「マリア」になったのか、 その過程を想像するのは、案外おもしろい。
天使とマリアは、何を考えているのか
天使は、どんな気持ちなのだろう。 おめでとう、なのか。 それとも、 「なぜ神の子が人間のお腹に入るのか」 と内心ひねくれているのか。
どの受胎告知の絵を見ても、 登場人物は基本的に無表情だ。 西洋の宗教画は、 何を考えているのか分からない顔をしていることが多い。
全員、ポーカーでもしているのだろうか。 感情を読ませないこと自体が、 信仰の作法なのかもしれない。
考察と感想
この絵は、出来事そのものよりも、瞬間を切り取っていることが面白い。
宗教画で、空間は整っているのに、どこか歪んでいる。 それが、この絵を静かに不安にしている。
本物を見たときには気づけなかったことを、 画像で見て初めて考えている。 それもまた、鑑賞の一部なのだろう。
最後に
当時は、 「きれいな絵だな」くらいにしか思っていなかった。
もし今ウフィツィに行ったら、 今度はガイドの話を聞くかもしれない。 あるいは、やっぱり聞かないかもしれない。
天使もマリアも無表情なのだから、 こちらも無表情で眺めるのが礼儀、ということにしておこう。


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