※本記事は、筆者が公開情報をもとに個人的に調べ・考えた内容を含みます。 専門的・学術的な断定を目的としたものではありません。
なぜか理由ははっきりしないのですが、 ウフィツィ美術館に行った覚えが、微かに残っています。 はっきりした記憶ではなく、「行ったような気がする」という程度のものです。

『プリマヴェーラ(Primavera)』(1482年頃)
出典:Wikimedia Commons(Public Domain)
思い出の中のウフィツィ美術館
記憶が確かかどうかは分かりませんが、 当時、ウフィツィ美術館で 《プリマヴェーラ》のコピー作品を購入しました。 それを今もトイレに飾っています。
そう考えると、 実際にこの絵を見たのかどうかよりも、 この絵が生活の中に入り込んできた、 という事実のほうが大事なのかもしれません。
作品情報
- 作者:サンドロ・ボッティチェリ(Sandro Botticelli, 1445–1510)
- 作品名:プリマヴェーラ(Primavera)
- 制作年:1482年頃(諸説あり)
- 制作地:イタリア・フィレンツェ
- 技法:テンペラ画(板絵)
- 様式:初期ルネサンス
- 所蔵:ウフィツィ美術館(フィレンツェ)
日本の春との違和感
日本の春といえば、 桜のピンクと新緑の緑を思い浮かべます。 明るく、軽やかな印象です。
ですが《プリマヴェーラ》の春は、 どこか薄暗い。 人物は明るく描かれているのに、 背景の森は影を落としています。
春なのに、 まだ冬の気配が残っているような、 そんな違和感を覚えました。
人物配置と構成
この絵は、神話の登場人物たちによって構成されているとされています。 人数は、女性6人、男性2人。 しかし、はっきりとした遠近感がなく、 誰が手前で、誰が奥なのか分かりづらい構図です。
左側にはマーキュリーが描かれています。 商業と旅の神であり、 足元の装飾から、ギリシャ神話のヘルメスと同一視される存在です。
彼は棒を掲げ、雲を散らしているように見えます。 これは、春の訪れを告げるために、 冬の名残を払いのけている姿なのではないかと感じました。 伝令役のような立ち位置です。
分からない運命
画面中央にはヴィーナスが立ち、 その上空にはキューピッドが描かれています。 しかし、このキューピッドは目隠しをしています。
左側で踊る三人の女性たちの運命は、 愛の神であるキューピッドでさえ、 見通せないという暗示なのかもしれません。
初めてズームして見て気づいたのですが、 右側のゼピュロスの羽は黒く描かれています。 明らかに、善良そうな雰囲気ではありません。
中心にいるのに、孤立している存在
正直なところ、 絵の中心にいるはずのヴィーナスが、 どこか孤立しているように見えました。
フローラとの構成の近さもあり、 どちらが主役なのか分からなくなる瞬間があります。 絵の中でも、その立場は揺れているのかもしれません。
背景を暗く抑え、 人物を明るく浮かび上がらせることで、 七人の存在感が前面に出ています。 春であるはずなのに、 軽やかさだけでは終わらない理由が、 そこにあるように感じました。
最後に
神話の世界の春は、 私たちが想像するよりも、 ずっと複雑で、少し息苦しいのかもしれません。
せっかくの春なのですから、 薄暗い森の中で永遠に踊り続けるのは、 正直、勘弁してほしいところです。
今年の春は、 《プリマヴェーラ》を眺めつつも、 時計を気にせず散歩でもしてみます。


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