
『日光街道(Nikkō Kaidō)』(1930年頃)
出典:Wikimedia Commons(Public Domain)
※本記事は、筆者が公開情報をもとに個人的に調べ・考えた内容を含みます。 専門的・学術的な断定を目的としたものではありません。
日光東照宮の眠り猫が見たくて、日光へ。 木々が生い茂り、空気が濃くて、良い環境だと感じました。 けれど同時に、あの杉並木の気配は「癒し」だけじゃない。 静かに、こちら側を自然の中へ薄く紛れ込ませようという迫り方がありました。
骨董市で見た《日光街道》
きっかけは骨董市でした。。 版画の山の中に、川瀬巴水の《日光街道》があって、 なんとなく立ち止まりました。
そこで一番驚いたのは、木の表面の表現です。 生い茂る杉並木が、ただ奥へ続いているのではなく、 いまにもこちら側を取り込もうとしている。 見ているというより、見返されている感覚に近いです。
「6mm」と「ワタナベ印」――聞いた話として
私は版の違いを細かく語れるほど詳しいわけではない。 ただ、骨董市で眺めているときに、 「6mm」とか「ワタナベ印」という言葉を耳にしました。
余白が極端に狭いものがどうだとか、 後の摺りとは空気感が違うとか、 そういう話だったと思いますが。 正確なところは分からないです。
でも、そのとき見た《日光街道》は、 図版で見るものより距離がやけに近かったです。 こちらが一歩踏み込んだというより、 道のほうから近づいてきた、という感じました。 「余白が狭いと迫る」という話が、少しだけ腑に落ちます。
作品について(基本情報)
川瀬巴水(1883–1957)の 《日光街道(Nikkō Kaidō)》は、 いわゆる「新版画(しんはんが)」の流れに属する木版画作品として知られているそうです。 制作は昭和初期(1930年頃)とのこと。
- 作者:川瀬巴水(Hasui Kawase)
- 作品名:日光街道(Nikkō Kaidō)
- 制作年:1930年頃
- 分類:新版画
- 技法:多色摺り木版画(木版)
表現技法のメモ(新版画の“らしさ”)
新版画は、ざっくり言えば「伝統的な木版の仕組み」を使いながら、光や空気、湿度まで描こうとした表現だと思っています。 写真のように細密なのに、写真では出ない静けさが残るような。
木版画は、線を彫って、色を摺り重ねていく。 その結果、木目や摺りの粒子が、 画面の“空気”として残る感じがします。 《日光街道》の木々が生々しく見えるのも、 ただの写実ではなく、素材の痕跡が効いているからかもしれないです。
そして巴水は、名所そのものもそうだが、何気ない「そこへ向かう途中」を選んでいます。 目的地を見せないことで、風景が物語になる。 ここに、私は引き込まれました。
感想(物語が聞こえる版画)
版画独特の表現には、いつも物語が紛れ込みます。 画面に説明がないぶん、勝手に想像してしまいます。
たとえば、籠を背負った誰かが、 どこへ向かっているのか。 何を運ぶのか。 何を運ばされているのか。 そういう余白が、道とともに一緒に投げかけてきます。
もしこの絵の中に入れるなら、 ぜひご一緒させていただきたい。 ただし私は、急げないです。 景色が良いと、すぐ立ち止まるタイプだから。
最後に
日光街道は、たぶん急ぐ道ではない。 急ぐ人ほど、木々に取り込まれやすい気がします。
なので私は、籠は背負わず、 せめて満足感だけは背負って帰ろうと思います。 杉並木に取り込まれる前に、布団に取り込まれるほうを選ぶのは人間であるからでしょう。

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